敬老の日  京都新聞 「梵語」欄より

両手につえを握るおじいさんが横断歩道を進む。一歩、一歩。つえも体もぶるぶる震えている。青信号で歩き始めたのに、3分の1を残した地点で点滅から赤に。車が迫ってきた▼こんな光景を目にした。ふと、お年寄りならではの視点で交通安全を呼び掛けた文集を思い出した。<気持ちはアセル 足は進まん 横断歩道>。読んだときは思わずにやりとしたのに本当はひやりだったんだと気付いた▼文集に触れたのは10年余り前。<あせらずゆっくりと 信号も一つ見送って 次の青から>。身を守る術(すべ)をつづった一文もあったが、4人に1人が65歳以上となった今、個人の努力のみでは安心して暮らせなくなってきた▼交通の話だけではない。老いを迎えた社会の仕組みを変えていく必要がある。ホテルやスーパーのエスカレータ-の速度を緩めたり、バスの乗降口を上げ下げしたりするように▼見渡せば、街にはお年寄りがたくさんいる。一人暮らしの人がぐんと増え、高齢者のそばに家族がいないことが当たり前のようになった。逆に若い人のそばには祖父母がいない▼つえのおじいさんは無事に渡りきった。若い女性が歩み寄り、車に会釈して待ってもらった。きょうは敬老の日。さりげない、ほんの少しの行動が、見知らぬ人生の大先輩を包み込む。