3・11の「想い」

翌日(12日)9時過ぎの仙台行きの切符と宿の手配を済ませ、仙台の美味い物や海の幸に関する知識を立ち読みをした後、渋谷・246号沿いの書店を出て商談のために歩いている最中に大きな揺れを感じたのがその時だった。

もし大震災が1日遅かったら・・・仙台郊外の秋保温泉で、そして2日後に発生していたら石巻もしくは気仙沼で被災しもしくは命を失っていたかも・・・・と今更ながら我が強運をご先祖に感謝する次第。

その後何度か仙台の街を訪れ中心街を歩きながら自分が生かされていることに感謝し、東北だけでなく千葉や和歌山そして宮崎等の各地の災害地で苦しく難儀な生活をされている同年輩のシニアの人達のことを決して忘れてはなるまいと想う。

若い人ならまだまだ頑張りようがあるゾ・・とも言えるが、60、70台の高齢者には何と言って励ますのが良いだろうかと何時も迷ってしまうのが正直なところだがせめて今日だけは、旅行ダ、温泉ダ、趣味嗜好ダと興ずるのも決して悪くはないが、苦難を負って難儀している同年輩の同胞達 (この表現が適切か分からないが) のことに同世代のシニアとして想いを寄せたいものである。

ご静養中にも関わらず列席され表明される天皇陛下のいつもの温かさと、「日本人の努力を鑑に」とまで言ってくれるオバマ大統領の優しさをしっかりと受け止めたいと想い復興と鎮魂を祈る特別な想いの早朝でもある。